今日ものんびりと 2015年03月05日
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命は政治の上では軽いのか

はいさい!今日は独り言を書くツバサさー。
独り言(´・ω・`)
フェイト・テスタロッサ(A's) 桜 今日ものんびりと 2015/03/05
今日は昨日書いた通り、目を弄ってみた。
昨日よりは理想には近付いた気がするけど、これはこれでどうだろうかな。
昨日よりはいい、でもこれで完璧かと問えばそうでもあるまい。
後は画像右側の方に手を描いてみた。
腕だけ先に描いておいたんだけど、今回から手に着手\(´・ω・`)ノ

第二次世界大戦の時に行われた「ジュビリー作戦」というのを知っているかな?
「オーバーロード作戦(ノルマンディー上陸の事ね)」の2年前、
1942年8月19日に行なわれた作戦なんだけどね、
フランスのディエップという所に連合軍が6時間だけ上陸戦を行うという作戦だったんだ。
結果は悲惨たるもので事前にドイツ側に情報が漏れていたこともあって、
待ち伏せされる形になって、連合軍側は6,086人がこの上陸作戦に参加したんだけど、
結局生還できたのは2,000人余りという散々な結果に終わったんだよね。

それはともかく、当時はソビエト連邦のスターリンが連合国に対して、
一刻も早くドイツに対する第二戦線の構築を要求していたんだけど、
そんな時代だという事もあって、
この「ジュビリー作戦」もソ連への体面を取り繕うために行われたという見方もあるんだ。
つまり、連合軍には第二戦線を構築する意思がある、とソ連に見せつけたかったとね。
今日のお話はこの政治的な駆け引きについてかな。
「命は政治の上では軽いのか」について書いていくよー。

当時のドイツ軍はいくら独ソ戦が始まっていて、兵力が東部戦線に集中していたからといって、
フランスの守りにも戦力を割けた訳だし、連合軍側としてもそれは分かっていたと思うんだよね。
情報が漏れていたのを差し引いたとしても、
被害が出るのは予測できたと思うんだけど、果たしてソ連への体面を取り繕う為とはいえ、
犠牲が大きくなるはずのところに派兵するのは正しいのか。

政治の為なら兵士の命は消耗しても仕方がないのか。
例えば立場が違えば意見も異なる訳だけど、参加する兵士からしたら、
体面の為に死んでしまうのは溜まったものじゃないと思う。
確かに第二戦線の構築がないと判断されて、
それを理由にソ連が降伏したら困るというのは分かるんだよ。
ドイツにヨーロッパを完全に掌握されたらそれこそ、
作戦を行う上ではもっと多くの犠牲が出るからね。

体面を取り繕うという政治の為なら人命の価値は下がるのか。
もっと大きな目的の為なら命の価値は重要視されないのか。
人の為の政治ではなく、政治の為の人という考えなら、
犠牲が、それこそ大勢死んでも仕方がないという考えもできる。
考えももまた人によって異なる。
政治家、軍人、敵か味方か、色々な立場で全く異なるのが人の考えであるはずだ。
「平時」の僕等民間人から見たら、
無意味に命が失われるのは避けるべきだと考えるかもしれないが、
「戦時」でも僕等はその意識を持ち続けていられるだろうか。

あるいは国益を考える政治家や将校の立場ならどうか。
自分が政治家や将校であったならば、更に大きな利益や目的の為があったとしても、
現場の兵士の命を「いつも」重く見る事が出来るか。
将校であっても前線には出ず司令部にいる者と、前線に出る者がいるが、
立場が変わっても命の重さを変わらずに見る事が出来るのか。

人は今の自分の立場でしかものを考えられないが、
立場が変われば他者の人命は「軽く」なってしまうのか。
政治上の大きな目的の為なら、自国の兵士でさえ切り捨てられるのか。
政治は誰の為のものか、何の為のものか。

政治とは……(´・ω・`)
読んで頂きありがとうございました!

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テーマ:ひとりごと / ジャンル:日記
[ 2015/03/05 23:36 ] 日常の出来事・日記・雑記 | TB(0) | CM(-)
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